留学への軌跡

留学をきめた。で、親の反応は?

留学を決めた・・・と言っても自分の中で決めただけ。当時高校生だった私は、お金も無いし、基本的に親にすねをかじる前提で、親を説得しないといけませんでした(因みに、今だから思うのですが、親の脛はかじれるだけかじって、さっさと動き出したほうが良いと思います。やはり自分の力でお金を貯めることも大事ですが、かじられる選択肢があるのならかじりましょう(笑))。

親には、英語を勉強したいこと・自分一人で頑張ってみたいこと・アメリカに行きたいけれど、安全を考えるとオーストラリアを選択することを伝えることにしました。最初の親の反応は、

「は???何いっているの?」

って感じ。そりゃそうでしょう。海外に行きたいなんて一言も言ったこともないし(私もずっと考えていたわけでもないし)、当時の私は、大学付属の高校に通っていたので、親としては当然大学までそのまま進学すると思っていたでしょう。

「大学に行って勉強をしたいこともないし、大学行ったら、俺のことだから、ただ遊んで4年間過ごすだけ。だったら、オーストラリアで外国生活を送る経験の方が、何倍も将来のためになると思うんだよね。」

そんな風なことを伝えたんだと思う。その言葉には嘘は無かったし、実際にそのまま大学に行くことの魅力を感じていなかった。

「留学の気持ちは分かったけれど、もう少し考えてみなさい」

そんな風にお茶を濁すようにあしらわれました。これまでの私は、自分がしたいことをあまり主張することは無い子でした。主張をちゃんとする兄は、親と衝突することが多かったので、それを横目で見ながら、衝突を避ける術ばかりが上手になっていました。親としても、先延ばしにすれば、気持ちも変わって大学に進学するだろうと考えていたでしょう。

けれど、今回に限っては、そんなことはありません。自分でも驚くほど一生懸命に親への説得を始めました。

「あなた英語なんてできないくせに何言っているの(言い訳できず)」

「小さいころ香港旅行で、おなか壊していたじゃないの(いつの話だよ笑)」

「大学に進学してから、途中で行けばいいじゃないの(大学行く意味がわからん)」

「外国は日本みたいに安全ではないんだよ(何とかなるよ)」

とにかく許さないという態度の両親と、許してくれという私。私にとっては、初めて親と衝突した瞬間でした。親の脛をかじる前提ではありますが、一つの自立への行動だったのだろうと思います。オーストラリアの良さを本で調べたり、大使館に行って情報集めたりしながら、何度も話をしました。私が、「おー」と言った瞬間に、席を立ってしまうこともありました。

最初に留学したいと言ってから約半年。親との衝突を重ねながら話し合いを重ね、やっと許可がおりました。

初めて自分の将来を自分で選んで、そして親の反対を説得して勝ち取った体験でした。よい息子ではなくなった瞬間でもありました。

当時なぜここまで粘り強く話し合いが出来たのかを考えたとき、本当は、外国に行きたいという積極的な目的だけでは無かったのかもしれません。周りに流されてしまいそうな自分を変えたかったのかもしれないし、親が反対することが分かっていて、親の期待への反発心が強かったのかもしれません。そして、もっと考えると、自分が周囲より駄目だという劣等感からの回避行動として、日本を飛び立ちたかったのかもしれません。

真実は今でもわかりません。ただ、そこにはただ好きだから行動したといったシンプルなものでは無かったんだろうと思います。海外に行くと聞くと、前向きで積極的な行動だし、周囲からも一目置かれる可能性もあります。けれど、その中身は人それぞれ違うのかもしれません。人の動機付けは、ポジティブだけでなくネガティブなものも大きいと思います。

けれど、当時高校生だった私は、そんな自分のこころについては気づいていないし、ただただ、行けることになったことに興奮していましたね。

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