留学への軌跡

どこに行く?どこに行かない?

海外に行くって、じゃあどこ行くの?

当時の私にとっては、海外とは家族旅行で出かけたことのある香港・マカオだけでした。実際にどこでも良かったのですが、親を説得しないといけないし、それにあんまり怖い国とかも嫌だな・・・英語圏で英語喋れたらいいな・・

そんな感じで始まった国選び。何となく選んだのは、アメリカ・カナダ・オーストラリアの3か所。英語圏で探したのですが、当時の私にはイギリスやニュージーランドなどは選択肢には上がりませんでした(ただ思いつかなかっただけです)。

そこからは消去法。

アメリカ=銃社会=危ない→怖いし親も説得難しい

カナダ=寒そう=寒いの苦手

残ったのがオーストラリアでした。

それぐらい漠然とした選び方だったのですが、実際には私の中で刻まれていた記憶がありました。

それは、父親です。

私の父親は、私が小さいころから一人でふらっと海外に行ってしまう人でした。学校の先生をしていた父は、生徒が夏休みになると、待ってましたとばかりに荷物をまとめて海外に出かけていきました。何をしていたか知りませんが(今のように簡単に連絡も取れません)アメリカに1か月行って帰ってきた時には、大きな牛肉の塊を持ち帰り、「お前たち、食え。これがアメリカのステーキだ」と大きな顔をしていました。当時の私は、ステーキなんて食べたことが無かったので、「うわーうめぇーアメリカ最高!」って言っていたのを覚えています。

そんな父親が、同じようにオーストラリアに1か月ほど出かけていきました。当時の私はすでに中学生になっており、父親とはあまり会話もしていませんでした。帰ってきた父親が一言、「オーストラリアは、とにかくでかいぞ」と言っていました。

「なんだその感想。小学生かよ。」

そんな風にバカにした気持ちになった私でしたが、机の上に置かれた旅行写真には、

ただただ大きい空や、どこまでも続いていくビーチがありました。ゲームや漫画に夢中だった当時の私には、あまり魅力に感じていなかったんだと思います。そんな写真のことやオーストラリアのことなんて忘れてしまっているほどでした。

けれど、改めて自分が海外を想像したときに、真っ先に思い出したのが、オーストラリアの大きな空でした。わくわくするとかではなく、あーなんかいいなと思えました。

父親の影響は私には大きかったので、改めてそこについては書きたいと思います。ただ、自分が意識的に選んでいることなんて、実際には表面的なものに過ぎなくて、実は無意識に残っていただろう潜在的な記憶や、自分の周りとのつながりから得た何かによって「選ばされている」のだろうと思います。

だから、自分で選ぶことに躍起にならず、ひとりでぼんやりと考えたりしていると、おのずと自分の中で答えが出てくることもあるのかなと思います。

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